前回の続きです。
前回は、公休を犠牲に伝統の海研修へ強制連行される記事でした。
今回は、菅生にとってはA社に入社した決め手の一つである、
独立支援制度に関わるお話です。
独立の際、勤め先に支援してもらえるのであればとても心強いですが、
制度の内容はしっかりチェックすることをお勧めします。
A社のように、名ばかりの制度かもしれませんので・・・
社内塾と独立支援制度の真相
調布店の勤務を終えたある日。
この日、店に最後まで残っていたのは菅生とテキ屋の二人。
時間は既に0時近く、終電に乗るため急いで店を出ます。
無事電車に乗り込み一安心。
今日も15時間勤務をこなし、ようやく帰れる、
と思っていたその時、テキ屋から安心できない言葉が。
菅生さん、飲みに行きましょう。
いま終電乗ってるのに。
朝9時から働いてようやく帰れるというのに、元気な人です。
とはいえ、こんなことは日常茶飯事。
ブラック企業の特徴のひとつとして、飲み会大好きというのがおそらく挙げられます。
まぁ、調布店のメンバーはいい人たちだったので、仕事で疲れてはいましたが、
飲み会自体は楽しく、そこまで苦ではありませんでした。
なのでこの日は、テキ屋と二人で飲むことにしました。
どこで飲みます?
菅生さんをぜひ連れていきたい店があるんですよ。
へぇ。行きつけの店なんですか?
菅生さん、独立したいって言ってましたよね?だったら絶対に独立支援制度は使わない方が良いっす。それを今から行く店で証明して見せるっす。
独立支援制度を使わない方が良いというアドバイスはともかく、
それを証明する店っていったいどんな店だ?
もはや、ある意味楽しみになってしまいます。
そうして菅生はこの日、
A社の社内塾と独立支援制度の真相を知るのでした。
A社専用の飲み屋の存在
時刻は0時半ごろ。
新宿駅に到着し、テキ屋の後についていく菅生。
飲み屋というからには、歌舞伎町の区役所通りあたりに向かうのかと思いきや、
まったく違う方向に向かっています。
7~8分くらい歩き、着いたのはまさかのラブホ街。
え、テキ屋さんまさか??
菅生さん、ここっす。イキましょう。
やめてくれぇぇ~
と思いながらよく見てみると、
テキ屋が指をさしていたのはラブホ・・・の隣の雑居ビルでした。
どうやらこの雑居ビルの中に、目的の飲み屋があるようです。
良かった、テキ屋がそっち系じゃなくて。
それにしても、
こんなラブホ街の雑居ビルに飲み屋?
しかも、この雑居ビルは入り口自体がかなり小さく、
さらに店は2階にあるため、外からでは全く存在に気づくことが出来ません。
少なくとも一見さんが入るような店ではないことは間違いありません。
テキ屋の話から察するに、
おそらく社内塾で学び、独立支援制度を利用した元A社従業員の店だと思われますが、
正直、なぜこんなビルに飲食店を構えたか不思議でなりません。
社内塾でいったい何を学んだのでしょうか?
と、頭の中では疑問が尽きませんが、
今から会うのはA社から独立した大先輩、
菅生にとっては目標ともいえる尊敬すべき人物です。
とりあえず店の中に入ってみることに。
お疲れーっす。
挨拶しながらドアを開けるテキ屋。
中に入り、眼に映ったのは、
パッと見た感じはバーっぽい内装、
7席ほどのカウンターと、4人掛けテーブル席が二つ、
そしてやつれたハゲのおっさんでした。
いらっしゃい、テキ屋くん・・・そちらの方は・・・?
今年の新卒の菅生さんっす。
菅生と申します。
やつれハゲです。どうぞ、お好きな席にお掛けください・・・
この日、店内に他の客はおらず、菅生とテキ屋の貸し切り状態でした。
一番広く快適なソファのテーブル席に腰掛けます。
今日は誰も来てないんすか?
そうだね・・・テキ屋くんたちが来てくれなかったらボウズ(来客ゼロ)だったかもしれないね・・・
みんな薄情っすね。
仕方ないよ・・・美味しい店はたくさんあるからね。
菅生さん、ここはA社役職員専用のお店なんですよ。
え?A社の人しか来ないってことですか?
そうっす。やつれハゲさんはA社の社内塾メンバーだった一人で、独立支援制度を利用してこのお店を開業したんす。
飲み屋として明らかに不適格な立地に店を構えている理由が判明しました。
このお店はA社の役職員向けのお店ということで、
そもそも最初から一見さんの来店は見込んでいないということです。
A社の人間であればこのお店の存在を知っているので、
敢えて飲食店に不向きな立地を選ぶことで、固定費を抑えているのかもしれません。
しかしこの商売、成り立つのでしょうか?
週に1日休みを設けるとして、営業日は月に25日。
店内は狭めなので、満席でせいぜい20名。
営業時間は良くわかりませんが、A社専用の飲み屋ということは、
メインの客層はA社の各店舗の従業員ということになり、
A社各店舗の営業時間が0時まで(夜間営業店を除く)なので、
やつれハゲの店には早くても深夜1時くらいまで客は来なさそうです。
そして、どんなに長くても始発程度までしか居座らないでしょうし、
実質の営業時間は深夜1~5時と予想できます。
つまり見込める客数は最大で20人×2回転の40人/1日
25日営業であれば、月間の来客見込みは40人×25日=1,000人
客単価が5,000円だとして、5,000円×1,000人=5,000,000円
理想通りいけば、月間の売上見込みは最大5百万円と算出されます。
ところが、当時のA社の従業員数は約200名。
月間の見込み来客数が1,000人ということは、
A社の従業員は月5回やつれハゲの店に来ることになります。
言い換えると、月に25,000円をやつれハゲの店に落とすことになります。
そんなのあり得るか?
まぁ、先ほどテキ屋が放った「みんな薄情っすね」というセリフに全てが現れています。
どうやら、A社の人間はチラホラと来店はするようですが、
言うまでもなく月5回も来るはずもなく、
やつれハゲのお店は常に閑古鳥が鳴いているようです。
かといって、A社の人間以外をターゲットに営業しようにも、
ラブホ街ど真ん中そして外から存在すら認知できない飲み屋など、誰も来ません。
でも移転しようにも、そのお金を稼げるような状況でもありません。
やつれハゲ、詰み切っています。
シンプルに疑問です。
いったいなぜこんな店を開いたのだろうか・・・?
どう考えても開店前のシミュレーションの時点で厳しいことは明らか、
普通に考えたらリスクが高すぎる独立です。
その背景には驚きの独立ハラスメントが存在したわけですが・・・
独立支援制度を利用する条件
やつれハゲさん、店畳んだらどうっすか?
テキ屋のどストレートな一言が炸裂します。まぁ、菅生も同感ですが。
そうだね・・・正直、生活は厳しいけど、せっかく構えた自分の城だからね・・・限界までやり抜きたいんだ・・・
既に限界では?
という気もしますが、やつれハゲの気持ちはまだ折れていないようです。
あの・・・やつれハゲさんはなぜこのお店を開業しようと思ったのですか?正直、A社の人間が200人しかいない時点で、もう頭打ちな気がするんですが・・・
もっと言ってやって下さいよ菅生さん。やつれハゲさん、目ぇ覚ましたほうがいいっすよ。
そうだね・・・このお店を開いたのは、A社の独立支援制度を使いたかったからなんだ。でも、やっぱり独立するなら、甘えは捨てなきゃダメだったかな・・・
菅生さん、前から話してますけど、独立支援制度は絶対に使ったらダメっす。やつれハゲさんもそれで後悔してるっす。
ど、独立支援制度ってそんなにやばいんですか・・・?
菅生さんも独立を目指しているんだね・・・確かに、独立支援制度は使わないことをおすすめするよ。この制度を使うには条件があってね、A社の既存店舗ののれん分けを受けるか、A社と協業できるようなビジネスプランであることが絶対条件なんだ・・・
やつれハゲの話を聞くと、
まず独立支援制度を利用するには以下のどちらかの条件を飲む必要があるとのことです。
【A社独立支援制度利用条件】
- 既存のA社の店舗ののれん分けを受ける
- A社と協業するビジネスを行う
そして、その実態は以下の通りでした。
【独立支援制度の正体】
- 既存のA社の店舗ののれん分けを受ける
→のれん分けといいつつ、不採算店舗を押し付けられるだけ。
A社からしてみると、利益を圧迫していた店舗を切り離しつつ、
かつロイヤルティーを受け取れるようになるため一石二鳥。
- A社と協業するビジネスを行う
→やつれハゲはこちらのパターン。
A社従業員の憩いの場を提供しますという形で協業するも、壊滅的大赤字。
もっとも、うまくビジネスアイディアを出せれば成功する可能性もありますが、
いずれにしてもA社との付き合いが続く上、
しかも独立支援を受けたという借りを作る以上、一生A社のパシリになります。
しかも聞いてやってくださいよ菅生さん。この店、そもそもやつれハゲさんのアイディアでもないんですよ。
え?ご自身でプレゼンして独立支援制度受けたんじゃないんですか?
いや、この店はそもそも・・・社長からの提案だったんだ。
驚くべきことに、どうやらこのお店は自らの意思で始めたわけでは無いとのこと。
ていうかそれってもう、独立って言わないのでは?
普通にA社のイチ事業として、役職員専用の店を企画すればいいものを、
わざわざ従業員の身分を捨てて、こんな勝算ゼロの店を始めてしまったやつれハゲ。
しかも発案者が自分というわけでもないとか、これではただの社長の操り人形です。
いっこく堂もビックリです。
辛い目に遭っていたとしても、
自らの意思で独立にチャレンジしているのであれば、
応援したり尊敬したりできるものの・・・
やつれハゲがこのクソ店を任されるに至った経緯は次節の通りでした。
新種発見!独立ハラスメント
遡ること約1年前。
A社御用達の研修用ホテルにて、店長向け研修が行われていました。
研修には外部から講師を招待し、
マネジメントなどの研修が店長向けに行われます。
その研修のワンシーン。
外部講師は、店長たちに向け次のように指示します。
全員目を瞑ってください。この中で、自分の子供に対して、ぜひA社に入社してほしいと思う方は手をあげてください。
・・・スっ・・・・
ふむ・・・たった一人とはいえ、まさか手を挙げるものがいるとは・・・大した愛社精神だ、こんなブラック企業で。
後日。
社長、A社に対する愛社精神の強い者が一人おりました。
ほう!どの者でしょうか?
やつれハゲです。
さらに後日。
やつれハゲ!前から思っていたが、お前は見込があるな。
しゃ、社長・・・突然いかがされましたか・・・。しかし光栄です。ありがとうございます。
やつれハゲ、お前は今日から社内塾に入れ。俺のもとで経営を学べ。
は、はぁ・・・
さらにさらに後日。
やつれハゲのもとに、社長から着信が。
やつれハゲ、今日の営業終わった後空いてるか?
はい、空いています。
じゃあ、新宿の〇〇って店まで来い!早く来いよ!
は、はい。
その後、新宿にて。
お待たせしました。
お~やつれハゲ!まぁ座れ座れ!
その日、社長とやつれハゲを含む6名ほどで会食をしていた模様。
話によると、A社の社内塾メンバーはいつもこのような感じで、
社長に指定された店に呼び出され、会食を行うとのことでした。
やつれハゲ、最近はどうだ?順調か?
はい・・・それなりには。
おいおい、なんだその腑抜けた返事は!お前も社内塾に入りたいと言うくらいだから、いつかは独立したいんだろう?なら常に前向きでいないとだめだぞ。
は、はい・・・(入りたいというか入れられたんだけど・・・)
・・・ところでお前ら、A社専用の飲み屋があると良いと思わんか?うちの役職員だけが利用できてリーズナブルな店が。そんな店があれば、役職員だけだから気を遣わずに飲めるし、リーズナブルな価格設定にすれば財布にも優しいし、いい福利厚生になると思うんだがなぁ。どうだ、お前ら。
思います。
うんうん、そうだな。というわけだから・・・やつれハゲ、お前やれ。
わ、私ですか・・・?
そうだ。独立できるいいチャンスじゃないか。お前も知っていると思うが、社内独立制度を使えば開業に係る費用300万円までウチが負担する。本件はA社との立派な協業だし、文句なしだ。やれるな、やつれハゲ。
は、はぁ・・・
という感じで、
外部教官からの問に唯一手を挙げたというだけでやつれハゲは目を付けられてしまい、
この店を任されるに至ったようでした。
断らないやつれハゲにも問題がありますが、
それにしてもこんな失敗するとわかりきっている事業を半強制的に従業員に担わせるとは。
さすがはA社、ハラスメントのパイオニアです。
独立を強いるハラスメントを披露するなんて、おそらく日本でもA社だけでしょう。
というか、そうであってほしい。
というか、そんな会社無くなってほしい。
時は戻り、やつれハゲの店内にて。
そもそも、なんでその場で手なんか挙げたんすか?気でも触れたんすか?
A社のみんなのことは好きだからね・・・息子にとっても居心地のいい場所になるんじゃないかと思ったんだよ・・・
絶対思わねぇ・・・
なんでこんな店を引き受けちゃったんすか?断ればよかったのに。
みんなの憩いの場を提供できるかと思ってね・・・
悲しいかな、誰も来ていない・・・
どう考えたって採算合わないっすよ。
今後、A社の人員を1,000人、10,000人と増員していく計画があると社長が言ってたものでね・・・
この人には自分の軸が無いのか・・・だいたいA社に10,000人の従業員がいたところで、この店には20人しか入れねぇ。
社内塾とはいったい
ところで、社内塾ってどんな活動をしているんですか?
あぁ、社長と社内塾メンバーと一緒に飲み食いするんだよ・・・
・・・
・・・
・・・あの、他には・・・?
だけっすよ、菅生さん。社内塾とか耳障りのいいことほざいてますけど、実際はただの飲み会っす。しかも、飲み代は各自自腹っす。自分、初めて聞いた時は耳を疑いました。
菅生も耳を疑いました。
テキ屋の言う通り、それってただの飲み会じゃん。
しかも、自腹で参加とか、社長それくらい出さないの?
何のための社内塾?
ちゃんと意味はあるんだよ・・・社内塾で集まる際はいつも高級店なんだけど、いい店で、いい料理を食して、いい接客を受けて、質の高いフードサービスとは何か、ということを学ぶんだよ・・・
要するに、自腹でメシを食いに行っているだけです。
先ほど、やつれハゲが社長に呼び出された回想シーンがありましたが、
やつれハゲは会食に誘われたわけではなく、
正式な社内塾の活動として呼び出されていたわけでした。
というか、高級店で高い質を学ぶと言えば聞こえはいいですが、
質の高いフードサービスを学ぶという意味なら、必ずしも高級店がいいとは限りません。
安い、早い、うまい、を実現しているファストフードだって、
フードサービスという意味ではかなり高い質を誇ります。
高い、遅い、怒声、のA社の分際で、
学ぶ対象の店を選別するなど厚かましい限りです。
ていうか就職活動時の会社説明会で、
社内塾メンバーが業後に語り合うという、眩しすぎるシーンがありました。
ただの飲み食いではなく、本当の社内塾の活動はそれじゃないのか・・・!?
そのことについて、やつれハゲに聞いてみると
・・・終電間に合わなかったから暇つぶししてたんじゃないかな・・・
ですよね。
さすがはA社、会社説明会において見事な詐欺行為です。
飲み食いしているうちに、気づけば午前4時。
そろそろお開きの時間です。
そろそろ帰りますか。
そうっすね。やつれハゲさん、お会計お願いします。
ありがとう・・・6,000円でいいよ。
・・・え?2人で6,000円っすか?
今日は君たちが唯一のお客さんだしね・・・サービスするよ。
悪いっすよ。ちゃんと払います。
いいんだよ・・・また同期でも連れてきてね。
じゃお言葉に甘えます。あざーっす。
サービスする余裕なんか無いだろ・・・
会計を済まし、出口に向かいます。
では、また・・・お越しください。
うーっす。でもやつれハゲさん、次来る時は店畳んでることを願ってますよ。
最後までストレートだな・・・
独立は計画的に、自分の夢を持って
やつれハゲの店を出て、
帰り道をテキ屋と二人で歩きます。
どうっすか菅生さん。自分の言ってる意味わかったと思いますけど。
そうっすね・・・できればわかりたくなかった・・・
独立するなら、お金貯めて自力でやると良いっす。言っちゃなんですけど、やつれハゲさんはA社の落ちこぼれの成れの果てっす。
落ちこぼれがさらに成れの果てと化すとは辛辣ですが、
テキ屋の言いたいことはわかります。
やつれハゲは、人は良いものの優柔不断なところがあり、
明らかに独立に向くタイプではありません。
さらに言えば、
なぜ独立したいのか、
独立して、何を実現したいのか、
そういった自分自身のビジョンが皆無でした。
たとえどんなに素晴らしい支援があったとしても、
到底、夢を実現できる人ではなかったのでしょう。
こうして、独立を夢見てA社に入社し、
社内塾で学び独立支援制度を使って独立するという菅生の夢は儚く散ったのでした。
というか、やつれハゲが散らしてくれました。自分の人生を犠牲に・・・
【今回知ったこと】
・社内塾とは
→ただの飲み会
・独立支援制度とは
→A社の不良債権整理、パシリ増殖
・尊敬すべきA社から独立した人
→ただのやつれたハゲ
つづく。
【ブラック企業シリーズまとめ記事です。】
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